東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7640号 判決
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【判旨】
三そこで、原告の右更新拒絶につき正当事由があるか否かを判断する。
1 原告が、原告所有土地及び同地上の本件二階建工場並びに平家建工場を所有し、本件工場でプラスチツク成型及び加工の業務を営み、本件二階建工場の二階部分を住居として使用していること、原告所有地上には、その東側に木造トタン葺平家建工場が所在していて、右工場及び本件平家建工場と本件二階建工場との間には、幅三尺ないし四尺の空地があつたところ、原告が、本訴提起後の昭和五一年夏ころ、右木造トタン葺平家建工場を取り毀し、その跡地に新築建物を築造したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
2 <証拠>によれば、つぎの事実を認めることができる。
原告は、原告所有地において、鋳型屋を営んでいたところ、昭和三三年ころから、会社組織でプラスチック成型及び加工の業務に従事していたが、その後会社が倒産したため、現在は、個人で経営している。本件工場には、大、中、小型の真空成型機、旋盤、コンプレツサー、シヤーリング、プレス機械、油圧コンプレツシヨン、溶接機械、彫刻機械等が設備され、プラスチツクの完成製品が壊われやすく、重ね置きを避ける必要があるために、その備蓄に相当のスペースを占めている。そして、原告は、右機械類をすべて使用しているわけではないが、昭和四五年、最も大きい真空成型機が格安の価格で買い受けられる機会を得たため、将来、被告が本件土地を明渡した場合にこれを使用できる期待のもとに本件工場内に保管したので、それだけ作業場所を狭めることとなつたが、このような工場内において、従業員八名を作業にあたらせており、貨物自動車及び普通乗用自動車各一台を製品の配達等に利用しているが、駐車場を有しないため、注文者顧客との間で工場渡しの方法で製品を引渡している。<証拠判断略>
右事実と前叙の争いのない事実によると、原告が被告に対し、本件賃貸借の更新を拒絶して本件土地の明渡しを求める目的は、プラスチツク成型業を更に手広く拡張、発展させるために、本件土地に工場を新・増築することにあり、右のごとき設備投資が営業継続上必要欠くべからざるものであるとは断ぜらないものというべきである。
3 <証拠>によれば、本件土地は、昭和二八年ころ沼池であつたところ、被告の先代訴外大須賀正太郎が、これを権利金坪当り四五〇円で賃借するにあたり、自己の費用で石灰穀で埋め立てて宅地化したこと、それで、被告は、本件土地に新築された本件建物に、同年一二月ころ、結婚して入居したこと、本件建物は、昭和三五、六年ころ、4.5畳の洋間と浴室が増築され、現況のとおり六畳二部屋、4.5畳一部屋、台所、便所、浴室の間取りとなつたが、これに被告夫婦、長男(大学院生)、長女(専修学校生が)居住していること、被告は、主として金メツキ業を営む訴外大須賀工業株式会社の専務取締役の地位にあり(被告が右会社の取締役の地立にあることは当事者間に争いがない)、東京都墨田区石原二丁目二一番一号所在の同会社所有にかかる鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付三階建社屋に通勤しているところ、その敷地80.92平方メートルを兄弟合計三名で共有しているが、同所に移転居住する余地はないこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告は、本件土地を自己の負担で整地したうえ、同地上の本件建物に二五年間余り居住し、同所から通勤し、家族とともに本件土地が生活の根拠地となつており、他にこれに替わるべき土地、建物を所有しない立場にあることが認められる。
4 右2、3に説示のごとき原告及び被告の本件土地に関する各必要性を比較検討すると、被告は、本件土地を明渡すことになれば、他に家族も居住しうる生活の本拠を探し求めなければならず、社会生活上少なからず不便、不利益を受けるものであつて、原告が本件土地を必要とする事情は、営業の計画的、合理的、効率的遂行によつて解消しえないものとはいえないことも考慮すれば、かかる経済的理由をもつてしては、本件賃貸借の更新を拒絶する正当な理由があるものとはいいがたいものというべきである。なお、原告が被告に対し、代替地の提供を申し出たことに当事者間に争いがないが、原告本人尋問の結果によれば、右は本訴提起後の自庁調停においてなされたものであり、しかも、その具体性に乏しく、被告において考慮の余地が少なかつたことが認められるから、右事由をもつて正当事由を補完するものとはいいがたく、他に正当事由を具備すると判断するに足りる事情は認められない。
よつて、原告の主位的請求は理由がない。
四原告は、予備的請求として、被告に対し、立退料の支払と引換えに本件建物収去本件土地明渡を求めるので判断するに、前叙の事実関係からみれば、本件土地付近に被告の代替土地の入手が確保され、かつ、移転に件う損害が償われれば、更新拒絶による被告の社会生活上の不便、不利益はかなりの程度解消されるということができるから、その金額によつては一時的金銭給付によつて前記正当事由の欠缺が補充されることがありうるところ、原告が、本訴提起後において試みられた自庁調停において、被告に対し、立退料一〇〇〇万円の支払及び二年間の明渡猶予を提案したことは当事者間に争いがなく、また、記録によれば、原告は、右調停が不成立とされた直後の昭和五〇年一二月九日の第七回口頭弁論期日において、被告に対し、立退料一〇〇〇万円を提供する旨の意思表示をしたことが認められるが、右立退料の提案・提供がなされたのは、更新拒絶の意思表示をなした時期と相当隔つており、しかも、当時において原告がかかる解決策を将来呈示することを予定していたこと及び被告がこれを予測しえたことを認めるに足りる証拠はないのであつて、このような事情のもとでは、原告の立退料提供の意思表示をもつて正当事由の補強として参酌すべきものではないというべきであるのみならず、右提案・提供の内容自体が、前叙のとおりの意味あいで被告の社会生活上の不便、不利益を解消し正当事由の欠缺を補充したものと認めるに足りる証拠はなく、本件建物が、建築後二五年余りを経過していることは前記のとおりであるが、近い将来、これを使用するに耐えないほどに老朽化しているものと認めることは困難であり、他に正当事由を補完するものとうかがえる特段の事情を見出し難い。
よつて、原告の予備的請求は理由がない。
(遠藤賢治)